幹事長の宗教に対するスタンス

時事

大学生の頃、同じ学科の友人が某宗教の活動を熱心に行っていました。
(現在、友人は既に脱退していますが、やめるまでに色々と大変だったそうです)

ある時に、友人から某宗教の勉強会に誘われました。

本人は悪気無く善意100%で誘って来るのですが、入信する気が無い人にとっては非常に困った話です。

しかも勧誘に当たってはかなりブラッシュアップされたトークスクリプトが出来ており、クロージングまでのフローチャートがきちんと出来上がっています。

少し前にアムウェイのトークスクリプトが公開されていましたが、それと実質ほぼ同じです。
大学生活出遅れて、押しの弱い人だったら簡単に負けるでしょう。

で、僕が誘われた時のやり取りが以下の通りです。
断りたい時には参考にしてみてください。

友人「なあ、今度俺たち勉強会やるんだけど、よかったら君も来ないか?」

僕「え?どんな勉強会?」

友人「世の中のこととか、生き方とか、色々勉強してるんよ。尊敬できる仲間や先生といつも切磋琢磨してるんだ。」

僕「へえ、面白そう。どんなグループでやってるの?(面白そうと思ったのは本音)」

友人「俺、実は○○会に入ってて、そこのみんなとお互い高めあってるんだ。君とも一緒に高め合いたいと思ってるんだ」

僕「(宗教か。まあいいや、大事なことを聞かないと)なるほど、そこに可愛い子いるの?」

友人「あ、うちの勉強会はナンパ行為禁止されてるんだ」

僕「え?じゃあ悪いけど話にならないわ。俺、彼女欲しいんだ(俺、彼女ほしいからいかない)」

 

以上のような形で断りました。
恐らく「可愛い子いるよ」という形で引っ張られたらそのままフラ~っと行ってしまったでしょう 笑

逆に宗教団体側としては、コミュニケーションが奥手な人に対しては清楚な女性を用意すればコロッと入信する人も増えるんじゃないかと思ったり。

それによって生じるトラブルのリスクを考えるとそんな手段に踏み切れないかもしれませんが・・・多分当時の僕だったらやられていました。

 

 

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救いは求めているが、観念で救われないうちは用は無い

宗教では「救いを与える」というフレーズが用意されることが多いですが、実際にその救いを具体的にもらえないうちは、少なくとも僕にとっては、その宗教は別にありがいものではないです。

当時の僕は上記のように「彼女が欲しい」という、出会い・・・ないし出会うためのストラテジーを求めていました。

それを用意できないのならば、当時の僕に「某宗教」は用がありませんでした。そこで観念論を唱えられても同じです。

ただ、その教義によって救われてきた人がいるのも事実ですし、それ自体は否定しません。

特に海外の場合、日本人である僕の創造を超えるレベルで宗教というものが日常に根差しているわけですので人間社会や文明においておそらく切って離せないものであることは理解しているつもりです。

 

 

ミサのような行事に誘われて顔出すことはあります

ミサに誘われることもありますが、そういったことは最初から断るわけではなく、時間があったら脚を運ぶこともあります。
宗教組織の幹部をやっている友人もいますし、仲良く接しているつもりです。

その人も僕に対して入信を突きつけてくることは無いですので、誘われたらよく遊びに行っています。僕もその人の考えを聞いて面白いなと思うこともありますし、普通のお付き合いをやっています。

入信を何度も迫ったりしない限りこちらから距離を置くことはありません。

 

そこに入信するわけではなくてもその教義の下で涵養された人の考え方には興味を持つことは多いです。

 

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