無敵の人は生み出した人も連帯責任と考えるべし -川崎連続殺傷事件

時事

先日川崎市のカリタス小学校スクールバスで多くの小学生が負傷し、保護者を含む二人が亡くなりました。

僕自身もこどもを持つ身として非常に心が痛いですし、このような事件2度と起こってもらいたくありません。

 

この事件が起こってから1週間余り、色々な意見が飛び交っています。

今回、この事件について、僕自身の見解をまとめました。

 

 

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「死にたければ一人で死ね」と伝えることは無駄

こういった件に対して「死にたければ迷惑かけずに死ね」と言う意見と「一人で死ねと言ったところで犯罪を誘発する」という意見が出ています。

 

僕の考えは当然後者です。

「無敵の人」になる経緯で追い詰められた人は守るものも失うものも無いですし、さらに言うと周囲の人は「自分のことを助けてくれない、自分が尊重するに値しない人」です。

そんな人に迷惑かけない配慮をしてあげる必要もないですし、むしろ少しでも傷跡を残して死にたいという気持ちになっても無理ありません。

 

もしかしたら1000人中999人は迷惑かけない死に方(と言ってもどう死んでも誰かに迷惑かかるんですけどね)を選ぶかもしれませんが、1000人…1万人に1人が通り魔になったり、新幹線に火をつければそれだけで人命もインフラも傷つくことになります。

そして今の日本はその気になったらいち個人が「その人10人一生養えるくらいの損害」を簡単に発生させることが出来ます。

 

殺人事件を起こさないまでも、宝塚市役所の放火事件や、下関駅放火事件も困窮した人が起こした事件ですが、これらの事件による損害は1件当たり2億円以上にのぼります。

 

 

 

無敵の人をいじめた人、虐待した人も連帯責任

こういった事件が起こった時に「被告の家庭環境は…」「学生の頃いじめられており…」みたいなエピソードが表に出てくることがあります。

その度に僕は、その頃に彼をいじめたやつ、対応しなかった先生、虐待した親も責任とれよと思います。

当然本人が悪いので、本人は大概の場合極刑になりますが、このモンスターを育てた周囲も責任とるべきです。

 

ちなみに事件の詳細は伏せますが、僕の地元出身の人が猟奇的な事件を起こして逮捕されました。

その際に、小中で犯人がいじめを受けていたことが報道され、その結果、当時同級生だった人たちはその年、同窓会も中止し、以後疎遠になっていったそうです…

 

 

 

無敵の人から身を守るために武装するという手段

こういう事件が起こっても国や政府は簡単には大掛かりな政策を起こせません。

社会はそれぞれの組織の人が部分最適で動くため、現代の様に成熟した世の中では、最適化されたものを簡単には再調整できません。

 

ということで、今日明日で何らかの抜本的な手を打ってもらえることは期待できそうになりません。

そうなると、自分や大切な人を守るためにある程度の自助努力が必要となります。

 

結果として、無敵の人に対しては「武装して」「暴力で解決」するような世の中が来るかもしれません。

特殊警棒くらいならば簡単に個人でも調達できます。

やりすぎれば法的な制裁を食らうかもしれませんが、それでも自分や家族を守ることを引き換えならペナルティくらい受けてやるよっていう人は多いでしょう。

 

身を守るためにみんなが武装する社会なんて、想像したら寒気がします。

 

 

 

この記事に対する質疑応答

Q.不自由なく恵まれた環境で育っても凶悪な事件を起こす人はいますし、過酷な環境で育った人でも起こさない人はいます。

A.周囲が適切に対応してきたうえで本人がそういう事件を起こしたならば周囲には責任はありません。「自分たちは悪くない」と主張すればいいと思います。

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